なぜtwitterがあれほど心地よいか。
ノイズがあるからだ。
「○×なう」なんて、つぶやいた本人にすらノイズにすぎない。しかしノイズを流すことに寛容であることによって、シグナルなのかノイズなのか本人にもまだわかっていない「何か」をそこに書くことにも躊躇しなくなる。そのうちのいくつかは誰かにとってのシグナルとして扱われ、それがRTを通して共鳴することでシグナルは増幅される。
余談だが「Amebaなう」にはノイズしかない。よって論外。
そしてここがさらに重要なのだが、twitterのシグナルは自然減衰する。
twitterには、二つしか「掟」がない。一つは一つのつぶやきは140字以内であるということ。そしてもう一つは、つぶやきは時系列で表示されること。この二つはtwitter.com直であれ専用クライアントアプリを通してであれ変わらない。
シグナルの自然減衰は、この二つ目の掟による。SであれNであれ、Timelineの彼方へと消えていくのだ。
Google Buzzには、このtwitterをtwitterたらしめている「量の制約」と「時の流れる方向の絶対性」の二つが決定的に欠けている。だからSignalがものをいう社内連絡には最適でも、SなのかNなのか意識しないことが重要なつぶやきには不快で不適だ。
Google Buzzは、ビジネス用途としては大変結構なものだと思う。gmailの一機能として組み込んだことは大正解だ。業務連絡用のプラットフォームとして多いに受け入れられるのではないか。それだけで Google Buzz は成功だ。
しかしtwitterキラーを開発するのは、Googleには無理。そしてそれはtwitterのみならず、Webの世界にとってよいことなのではないか。